今度支給されるパソコンと最近の電子機器

今度のパソコンのOSがWindows10

office2016になるらしい。

 

今まで全く最新のOSやofficeを使ってなかったので非常に楽しみな分、4月からめんどくさい設定に追われそう。

 

研究で使用しているMATLABも最近2016aにした。使える関数やtoolboxが増えて研究が捗りそうである。

ただ最新のバージョンへアップすることで使いやすさが向上する一方、よりそのソフトウェアに使われている感、持て余している感も増加している。

 

これからも最近の電子機器の便利さを当たり前と思わずに古いPCや古いプログラミング言語の良いところやその仕組みを理解していきたいと思う若い理系大学院生の1意見である。

 

ひとまずはFORTLANをよく使いこなせるよう勉強を進めていきたい。

中学高校と熱中した卓球を社会人になって再開したい

中学高校と部活動にのめりこんだ。

中学校のときに卓球部に入ってから、今まで卓球というスポーツに対しての魅力は

まったく衰えてない。

多くの年齢層が同時にプレーでき、試合と練習どちらにも面白い面があって初心者から

上級者まで様々な楽しみ方ができる点も気に入っている。

また、気がついたらセルロイドからプラスチックにボールが変わって非常に驚いた。

昨今のオリンピック効果で多くの学生が卓球の面白さを知ってもらいたいし、もっと

気軽に卓球を楽しめる場所を増やしてほしいと思うこのごろである。

 

さて、なぜ卓球の話題で話を書くことになったかは、自身の人生を決める上で

多くの影響を与えてくれたスポーツであるからである。

小学校のころは野球やドッチボール、サッカーなど多くの人数でプレーするチーム

競技を多く遊んだ。集団行動や結束といった意味でも幼少期からこれらのスポーツを

プレイすることは非常に有意義だと思うが、自身にはチーム競技がむいていなかった

ようだ。どうも集中すると視野が狭まるというか仲間を使うといった考えが競技中に

生まれない。これがよいか悪いか別として陸上長距離のような一人でコツコツとする

ものが性分にあってると幼心に感じていた。

 

中学生になって卓球を始めたのは、入学したときの担任の先生が卓球部顧問であり、

当時自身の学校の卓球部は関東大会に出場し、各部活で一番厳しいと言われていたから

である。謎の上昇志向と向上心から卓球部に入った。最終的には部長にまでなったが

実力は県大会出場レベルであったことから察するとおり初心者を超えたくらいだった。

これは自身が反射神経がなく空振りをしやすい、緊張してやわらかいプレーができない

など多くの性格的問題や能力的問題があったためであり正直非常に悔しい思いは多かっ

た。だが卒業するころになって卓球部やめるととたんにあの厳しい練習が恋しい。卒業

の年の担任が若い新しい卓球部の理科の先生で、その先生の影響で理系に興味をもち

始めたのもこの時期なのである意味研究者を目指したのもこの時期である気がする。

 

中毒なのかわからないが当時他の中学の仲の良い友人も卓球部に入ったこともあり

高校でもよく考えず卓球部に入部した。高校ではもちろん自身よりうまい選手も

多かったが、受験等でやめていく人が多い進学校の卓球部で3年間続けていたのは

このスポーツに対してえも言えぬ魅力を自身が感じていると認識したのがこの時期で

あったからだと思う。

 

ところが大学に入ってから5年間卓球は完全に日の目を浴びなかった。勉強がしたくて

大学に入ったはいいものの学費を工面するためにアルバイトをいくつも掛け持ちし時間

がなかった点や、大学のサークルに入るお金もないくらい困窮していた点もある。

あのころの自分は経済的状況の悪化で相当参っていたし、それでも勉強したいという

思いが完全に勉強一本に振り切れたいたので、まさしく正しい勉強する大学生であ

った。これが幸いしてか研究職につくまでに自身の進路を絞れたのだから一つの選択の

結果として妥当であったと思うこのごろである。

 

修士課程での進路が決まった心に余裕が出てきている最近の卓球欲はとても大きい。

正直修論より大きい。

中学のころの部活の同級生で社会人卓球をしているメンバーと一緒に再開し始めたもの

の体が動かない。そもそもスポーツを5年もしなければ体もなまる。

非常に悔しいが最近は筋トレをして体を作るところから再開中である。

 

また、心機一転新しく卓球を始めるのに用具が欲しい。8年前のラケットと5年前の

ラバーで卓球するのには限界を感じているし相手にも申し訳ない。

ラケットもずいぶん湿気ているように感じる。

 

最近のスポーツ用具の進化はすさまじく、自身の使ってたラケットやラバーは廃番で

あった。友人も線型が違いあまり参考にならない。

 

よい道具を誰かにご教授頂きたいものである。

 

 

 

 

 

 

 

大学卒業前に読みたい本を読むためには

私のように理系で修論が忙しい大学院生でも本を読む時間は作れる程度の余裕はある。

 

私も学部生の頃より大学の図書館には多く足を運び、講義演習のための本や趣味の電子工作、就活のためのガイドなど多くの本を借りて読んだ。

 

少なくとも知り合いの中では一番本を読んだ自信があるし、雑学的な点でも平均以上にものを知る人間であると言えている。(芸能や音楽、スポーツに対してはやや不安が残るが)

 

そんな私も残り数ヶ月で、大学に希望購入図書の申請権利があと3冊残っている。

 

この貴重な権利を消化して卒業するために学内にない良い本がないか最近探索中である。

 

第一候補としては

「物理の散歩道」ロドルゲスト著である。

 

なんの雑誌だったかこの本が紹介されていて興味があったが、忙しいなかで探すことを忘れていたしあまり見かけない本であった。

 

購入希望図書なのに、古い本ばかりが欲しくなるのは自身の性分や好みなのだがやはり新しい本を大学書籍としては購入してほしいと思っているだろう。

 

その他2冊の権利で最近の書籍を申請するため、良い本を本屋に探しに行きたいと思うとともに、本屋に行く回数も減ったと思う。

 

Amazonで購入を前提とした本を買ってしまうため、本屋でふと本を見かける楽しみ(とくに本屋独特のポップや本の配置)を観察する楽しみが最近忘れていたように思われる。

 

明日は本屋に行きたい。

 

1992年生まれの出来事と感想

私は1992年生まれの24歳だ。

 

現役で大学に合格し大学院を2年で修士卒業しそうな方や、大卒して社会人2年目

それから6年生大学に行って卒業までもうすぐな人が同じくらいの世代になる。

つまり同世代でとんとん拍子で大学院まで行った人々が、博士号取得に進まない以外

殆ど社会人になる時期=節目の時期が来てるのだ。

 

 

今、「1992年生まれ」をgoogle検索すると2番目のリンクに

と出てきた。最近、1995年生まれも悲惨だとかいろいろ言われていたのをツイッター

で見かけたが、あらためて考えて見ても自分の世代も色々あったものだなと思う。

 

色々言われる意見には誇張も多くて、私は小学校で台形の計算を習ったし、小数点は3.14派だ。

塾にはいっていなかったが、公立小中でも教科書の応用の章を先生はきちんと

取り扱ってくれていた記憶があるし、異なるのは勉強時間ぐらいだと思っている。

 

しかし、世の中では大多数的にこの世代をゆとり世代と言われてしまっているのは

事実だし、ほとんどの24歳も否定しないんじゃないかとおもう。否定したくても

世論がゆとり一辺倒なのもあり、具体的な否定が個々な意見に集約して数値的な明示が

できないのでしょうがない気がするのだ。

 

とくに学力の点では私の学生時代を振り返っても一生懸命勉強した記憶はないし、昨今の小中学生のように

殆ど塾に通い放課後も勉強って時代ではなかったと思う。また人間関係の面ではそこまで

携帯電話が普及してなかったのが幸いし?、現在の複雑な学校内の人間関係を

構成している問題を低減していると思う。

 

私も無線通信や電磁気学を専門としているので、正直なところでは携帯電話やIoTは

普及してほしいが、昨今の携帯電話に関連するユーザー側の使用方法に関する問題は

頭が痛くなる。

 

 

雑な振り返りだが、総じて個々に自由な学生生活を送りやすかった世代なのではないだろうかと

も思うところが私の意見であり、悲惨な世代と言われるのは心外である。少なくとも今思い返して

いる段階では、私自身は彼女ができなかったこと以外満足いく学生生活だった。

追記の可能性もあるが...。

 

さて、1992年生まれでの一番記憶に新しいのは3月11日の東日本大震災だろう。

 

自身はこれで国立大学の後期試験が開催しないことになったので、一時期大学進学を

あきらめてた。試験費用も戻ってこなかった記憶や、計画停電で非常に苦労した点が

思い出され、あのときほど世代を恨んだ記憶はないし同じように人生に何かしらの

転換を迫られた人も多いと思う。私は結果的に現役合格にこだわり私大に進学した

ものの、高校入学式の大型台風でIPhoneを落とした記憶なども含めて、

節目のときに何かしら起きる年代であることには間違いないと思う人も多いだろう。

 

もうすぐ同世代の卒業式、災害等がないことを祈るばかりである。

 

 

 

 

実家の電話テレビインターネット回線をソフトバンクに変えた

 

ある日の午前中から工事に来てもらいその対応

多分光の開通工事かな

協和エクシオの下の方の会社の作業員さんが

パパッと来て工事して行ったが良い対応で

縁のないわけではない業界なので嬉しく思う

 

 

その日の午後、JCOMをソフトバンク光に変える関係でテレビ関連の配線を工事

ノリの良いオッチャンでテレビも問題なく映って帰って行ったが、その後固定電話がかからない事が発覚

 

説明書にもホワイト光電話?を番号ポータビリティで使うのは最大2週間かかるとの記載なので(店頭や工事前に説明はない)、JCOMの契約で電話はかかるようになってるはずだから自力でJCOMのモデムや電話を繋ぐがかからない

 

それから親がソフトバンク店舗に直接相談に行って一悶着あり、2日後の土曜日には再度復旧工事をしており家の外の黒箱?でJCOMとソフトバンクの線を切り替えてる部分をいじってもらう

 

JCOMを使用していたときとおなじ配線で復旧するもまだ電話繋がらず...

 

そんなこんなで土曜日は届いた信学会のペラペラ読んで、Q値のお勉強をして終了

そして工事担当者もそれの対応に追われる各社社員も、古い我が家の謎配線に振り回されて土曜日が終わってしまっている

 

改めて出先の技術者の大切さと大変さを見るので同級生や後輩の通信インフラ系施工管理の方々には頑張ってほしいと思う

 

社会人で土曜日が休みの人はやはり少ないのだろうか

どちらにしても休みは貴重

自身も簡単に休みが取れる(取れたとはいってない)大学生のうちに色々挑戦したい

 

目下興味があるのは、化石掘り

最後に行ったのは小学生で家族旅行の際かな

とても楽しかった記憶しかない

どこの山川に行ったかは曖昧だが福井県方面だったはず

 

次の勤務先付近も瑪瑙が取れるみたいなのでまずはそこから挑戦して行きたい

 

最近はインターネットである程度場所が絞れてしまうが、それでもこういった採掘ポイントは出てこないもの

 

自分も引越ししたら改めて地質図と格闘するところからゆっくり場所を探索したいものだ

 

 

 

 

 

 

 

 

学生証があるうちに学割(ラーメン)でお得な思い出とか

 

さて、学割といえば大学近くのラーメン屋で、味玉無料や麺大盛りが一番の使用頻度だったような...

 

つい最近も学割を用いて次郎系のような背油多めのラーメンを友人と食べに行った。

学部生のころより何度も行くメンバーで向かったこのお店は値段、量ともにがっつり系

ラーメンのなかでも満足度の高い店で、数年前までは大盛りを食べた後の満足度が

すごい高い店だったのだ。だが今回、並盛で油普通だったにも関わらず非常に重い。

食後も胃もたれしていて、若いころがいかに暴飲暴食だったと改めて実感した。

友人と研究室に戻って気持ち悪い状態だったのが、数年前では考えられない状態。

正直こんなとこで年齢を感じたくない...

 

男子学生のラーメン屋巡りは、大学生の通る道とっても過言ではないし、その地域ごと

に行きつけのラーメンを紹介しあって他大生と盛り上がるのは誰もがやったはず。

ちなみに私の学部生のときに行きつけだったのはなりたけである。〆ラーなど今では

死語だが数年前は現役だったのが信じられん。

そしてカップラーメンを食べすぎて大学の健康診断で注意されたことも思い出した。

当時の健康診断で上が158とでて再検査した。正直そのときは全く危機感がない。

やせ形体系だし、BMIも標準だったので...

現在、上が138、BMI隠れ肥満...

間違いなく数年前の食生活が現在の体に影響を与えている...

仕事を始めたら環境が変わるので、改善に向かうよう意識していかないといけないとは

感じるのだがいかんせん実感が低い...

30代ぐらいの層からのお言葉で危機感を感じたいものである。

 

 

さて学割の備忘録になるのだが

1、アマゾンstudentには加入した。

2、クックパットも学割があるみたいだが自炊しない(釣りはするので魚は料理できるが)

3、クレジットカードは作成しとく(現在アマゾン用1枚しかない、海外旅行用のおす

すめを調べるとライフカード楽天かな)

4、アドビ、オフィス、MALABstudent等ソフトウェアの購入

5、金がないがmac book

 

関係ないが今までコンタクトにしない系男子だったが、金があれば挑戦したい(ない)

 

こんだけ挙げても大体は断念するかもしれない

要は個々に本当に必要か判断しないと(もったいないおばけ

卒業旅行のお金がマストだし、幹事のくせに金ないとは言えないよね

 

この六年間はどんだけお金ためても、すぐ学費の支払いがあったので自己的に使い道を

考える腦が退化している気がする。

研究に頭を使って私生活や趣味をまったく置き去りだったなあ

っ就職活動でも研究の話しかしてない気がしてきた...

よく内定くれたな

 

すこし趣味とかに浮気したい気持ちを抑えて修論書きます

では

 

 

 

 

 

 

もうすぐ社会人になるので今までを振り返るブログ

多くの学生がそうであるように、私ももうすぐ社会人になる24歳大学院生です。

 

この時期の残りの学生生活で、学割の使えるお得な情報があるんじゃないかと

検索していたところに、「学生から社会人になるこの時期にブログを始める人が

多い」との趣旨の文言を多数見かけた。私も以前にブログを書いてたことがあった

なと思い返すとともに、唐突にブログ書いてみたくなった。

 

考えてみれば大学生以前も唐突に書き始めた記憶があり、モバゲーのブログやヤフーブ

ログ、ミクシィでブログを書いたりもしたことがあったが当時の中学、高校の友達のと

の連絡ツールはLINEに変わりあのころの文章はネットの闇に消えてしまったよう

だ。

 

あのころは個人情報の保護のほの字もないものや、趣味に走った怪しいものまで

自由に書いていたことを思い出し意気消沈する。

 

まあ、週一程度で学生生活を振り返っていければ、卒業までに就活の際に散々やった

自己分析が改めて鮮明になり社会人になって生きてくると思いたい。

 

とりあえず今回は、今回の卒業旅がイタリアになった話でブログを〆たい。

母親が生涯で一度は行ってみたいと常日頃言っていたモンサンミッシェル

あるのはスペインだっけ?フランスだっけ?後で調べるとして、イタリアも

協会が多く宗教の国というイメージが強い。

私も一般的日本人としての宗教観のはずなので、宗教に対してえも知れぬ不信感や

中途半端な信仰心をもってるとおもう。それも中学生のころに校門の前で聖書を配って

いた怪しいおじさんが、私にキリスト教への不信感を増大している節がある。

あのころもらった聖書はいまだに家にあり、高校生当時の中二病にかられて

家で読んでたことを思い出したが、正直中身は断片的だなあ。

ただ1年前ぐらいに読んだ「イエスとブッタ」って漫画は非常に面白かったし、

あの笑話で終わる浅い部分の宗教観を主として他宗教と付き合っていくのが

日本人に合っているのだろうと改めて感じる節もあったりする。

 

イタリアが初の海外旅行。私の怪しい宗教観を払拭してくれることを祈っている。

 

 

 

書き終わってから、最初のブログで宗教の話をするってブログの怪しさを

自分自身感じている。