大掃除の季節(過去の教科書を眺めて

中学校、高校で勉強した教科書を捨てずに取っておく人はどれだけいるのだろう。

 

私の母親はこれらの教科書は捨ててはいけないと口を酸っぱくして言っており、

そのため今までノートやワークはいくつか処分したものの、中学校からのはすべて

残っている。

 

大学生なら塾や家庭教師のアルバイトで過去に学んだ教科書の最新のものを目にする

人も多いし、自身もアルバイトで眺めたとき、懐かしさと共に最新の教科書の素晴ら

しさを痛感する。イラストの鮮明さや最新の写真に差し替わったりするだけでなく、

蛍光ペンを使う前提で行間や文字の配置が行われているなど

10年前と進化していることが如実に感じられてとても心躍る。

 

今回の大掃除でも過去の教科書をいくつか眺めてみた。

当時の書き込みや線引きがとても懐かしいとともに、

この教科書が自分の学んだ時期のこととか

当時の授業の様子を淡く思い出させてくれる。

同時に教科書を取っておきなさいといった母の意味が少しわかったような気もした。

 

学問において過去の内容に振り返るとは、記憶の定着以上に新しい解釈や先入観を

与えてくれるのでとても重要だと考えている。かつて駄目だと思ったアイディアが

時期が過ぎ新しいメガネでその内容を見てみると途端に輝いて見えてくることがある。

なので私は、何か考えたときとりあえず取り組んでそしてダメでも預けてみる。

そしてまた新しいアイディアやイベント(掃除や片付けが多い)か何かがあったときに

取り出してみる。こうやって時間をおいて考えたアイディアや習慣、行動原理、考え方

はとてもよい結果を生むことを私は実感している。

 

大掃除は何も物理的に物を片すだけでない。物の整理と同時に行われる記憶の整理は

記憶を捨てる事でなく、記憶に戻ってくる余地を残すことが重要だと私は思う。

 

みなさんも物を捨てるとき、

それにまつわる記憶を残す手段をとってみてはどうだろうか?